アンパンマンと公務員


心が安定している。実に心が安定してるなぁ。信頼感がある!! そういう感じを身にまとってる人がいます。何人に一人くらいの感じでいるのだろうか? いるにはいるんです。確かに。

公務員には多い気がする。
 その感じを口で言うのはちょっと難しい。
 野球の松井秀喜さんにも感じる。松井選手は高校の時すでにホームラン量産をしていたはず。夏の甲子園で、全打席、相手校は敬遠をした。わざとボール球を投げて出塁させるが、『打たせない』。松井のホームランが見たくて甲子園に足を運んだ観客も少なくなかったはずで、球場は大混乱したはずだ。大いに話題にもなった。当然、テレビ局がインタビュー取りも来る。その時、私みたいな凡人ならば、卑怯だぞ、大人の癖にとかなんとかわめくに違いないが、テレビで見た松井選手は至って冷静で、わずかなほほえみをたたえた顔で涼しげにこう言ったのだ。
「監督さんの考えがあっての、作戦でしょう」
と!
え、え、え、悔しいとかなんかそんな感じはないのか??? 2度見してしまったほどの驚きだった。
こんな感じの人こそ、『心が安定している』以外の何者でもない。若干18にしてこうだ!
今まで見聞きしてきた中で、一番心が安定している人。その中の一人が松井秀喜さんだった。

とまぁ、こう言う心の安定を感じる人は、公務員に多い。
 あるとき、都内を歩いていて、割と長くて高い橋ってのがあちこちに掛かっているのだけど、そのうちの一つで、飛び降り自殺があったらしくて、消防のレスキュー隊員が橋の上に車を止めて歩道を歩く人を誘導していた。欄干の近くを歩くなと言うわけで。その時に、体を張って欄干側にたって歩行者を誘導する。車道には出ないように。その仕草や行動にも、同じように心の安定を感じた。話をしたり聞いたりではなく、仕草や行動からも感じる。この心の安定具合って、何かの波動かもしれない。波動なら、私のインスピレーションも、沖縄の占い師から「インスピレーションがあるというのは、うらやましい。波動を受信できるのだから」みたいなことを言われたことがある。受信できると、発信してる人から見ても、何か「!」みたいな感じがするらしいこともわかっている。だったけど、なんだかこの辺のことは最近また、ちょくちょく気がつくことが多い。「○○やめました」というYouTuberがいる。○○は、警察、消防、自衛隊など。救急関係の公務員などがおおくて、動画を見ると、みなさん心の安定を持ってらっしゃる。ライブでチャットに参加などすると、大歓迎してくれる。まぁ、これは余談だった。

その中で、警察だった人のライブで、アンパンマンの話が出て、主題歌は特攻隊員の人に向けたものだったらしいって事を発言したら、「よく言われますね、でも、あれは違うそうですよ」って、否定されてしまった。その時は、(瞬間湯沸かし器的に心が変動しまくる私としては)頭にきて当然なのだけど、全く気持ちが変わらなかった。その人は「そうではない」という情報を聞いているって事(事象)を伝えただけで「あなたの人格を否定する」みたいな部分とは全く別なこととして扱っているのが良く伝わってきていたから。心の安定がある人が出来る芸当なのだ。

その一件があってから、事実が知りたいと思っていた。
 どこで調べられるのかな? と、気がかりにしていたけど、ネットを巡っていても中々簡単には遭遇しない。
 ところで、ひょんなところでMHKの東北大震災の時の特番を見た。やなせたかし”アンパンマン人生”という番組。ところで、私がMHKなどと変な風に書くのは「電子文書の強力なgrep能力」(検索力)から少しでも逃れるため。人間が見ればMHKなんて「あ、あそこのことだ。書き間違ったのだろう」っておもいますよね。でも、コンピューターは単純だから○HKとMHKは「=ではない」という結果を出す。だから引っかかりにくい。そんだけのはなし。だが、引っかかってしまうと、どこでどう巡り巡るかわからないから、引っかからないのに越したことはない。googleは、AIというのかなんなのか「もしかしてそれは○○のことですか?」と、予測で候補を出してくるようになった。つまり、人間の連想力を模倣するようになってきているから、侮れないけどね。笑うのは、「国会にいるCのスパイ」なんて検索すると、「もしかして連邦のことですか?」くらいの能力の高さを見せるときがある。言葉が似ているという字面ジズラだけのことではなく、「似た話題」として、連邦の話が山のように存在することを候補出しの一つの選択肢にでもしてるのだろうか? これも余談だった。

話は戻り、やなせ氏の番組。これにずばり出ていた。京都帝国大学に自慢の弟がいて、特攻に取られてしまった。なんのために生まれ、なんのために生きるのか、答えられないのはイヤだ。
 そういうことだったのだ。
 ココへの答えは、番組の中には出てこなかったし、こうではないか?のような考察もない。ココをいじると、やなせさんが、69歳で(20年暖めてきた)アンパンマンをヒットさせ、90歳で大震災の人々をはげますポスターを書いたという希望に向かう力のすごさについての番組テーマにも邪魔をしてしまう。

ココに関わる話は、別な「話の輪」があるはず。それは神話の世界。天孫降臨の話など。日本国が成立したのは、国産みの話、神武天皇の三つの神勅の話など。
 ざっと言うと、日本国の国土と国民は「神様が産んだ」ということと、天井から降りてきたニニギの尊が日本を平定して「神武天皇が国を治めよ」と、神から言われたという話など。
 敗戦時、日本へ、いわば復習のためにやってきた白人連合国軍。連中はキリスト教国なので、日本の神道がもつ、「神様の子孫=日本人」ってのが気に入らない。キリスト教が持ってる神話では、人間は神様が作ったのであり、その原材料が泥だったり、馬のあばら骨だったり、男のあばらから女が作られただの、アダムとイブが犯した原罪の贖罪意識だったりするのに比べて、「神の直系の子孫」などと、世界の果ての極東にいるイエローなモンキーが何を言うか! ってなもんでしょう。
 日本は、国を統治する者が国土と国民を「神から預かって」いるのであり、「子孫代々へ伝える役目」を担って生きている存在です。
 また、キ教圏には世界の終わりの神話があります。終末説です。それに比べて日本は、「せかいは、最初からあった!」と、なるのです。それが子孫代々続いていくだけの話になっていて「終わりがありません」。始まりがないので終わりもないのです。週末なんてのも来ないのです。
 なんとまぁ、最強な神話世界でしょうか?
 敗戦したことにより、この辺のお話は、皆隠されています。

日本は最初から民主的な国です。神武天皇の建国の時から万事公論に図るべし、って事になっています。つまり、皆でよく話し合え、勝手に誰かが決めるなって事です。そして、墓石の下の人々の意見も反映すべしであるし、これからの子孫のことも考えるべし、ってことです。歴史の前後の人々も参加する民主主義です。この辺も隠されています。

とても面白いのは、天皇のお宝が国民だという考え。諸外国でのお宝は、金銀財宝なのでしょうけど、日本は「国民」。天皇自身が質素倹約を心がけるってことになってる。
 先の戦争を終わらせるときに出された終戦の詔勅という文書にあるそうだけど、戦争で戦闘行為を延々続けえると、国民がどんどん死んでしまい絶えてしまう。そうなったら先代の天皇らに申し開きが出来ない、それだけはなんとしても避けなければならないから、戦闘行為を終えることにしたと、あるそうです。
 すごいですよね。まさにお宝がなくなってしまうと。
 そして守ってきた先代にも申し訳がないと。
 占領軍が日本にやってきて、都内に事務所を構えた。少しして天皇がやってきて総司令官のマッカーサーの元へ。金銀財宝が宝である諸外国の元首は、こう言う場合、間違いなく自分の命は見逃してくれと交渉するのだそうです。だが、天皇の言葉にびっくり仰天します。
「このたびの戦争の責任は全部自分にある。自分はどうなってもいい。ただ、国民が飢えてしまうことだけは避けて頂きたい」
と。
これに始まり、何から何まで普通ではなかったそうです。近現代史を探っていくと、大変面白いです。ただ、あれこれ隠されているし、あれこれ極端に変えられた話もおおくて、混乱します。

ここまで長く日本の話をしたのは、国民と天皇と公務員の三角な関係を話したかったからです。
 国民を神様から預かった天皇。護り、代々伝えていくには、一人では出来ませんから、その分野の能力に長けた人物を選んで任命する。経済政治武力・・・。ここで選ばれたのが公務員。公務員と聞くと、国民に奉仕するって感じだろうと思いますが、ここが三角になっている。公務員がお仕えしているのは天皇陛下です。天皇陛下は神より、国民を守れと勅命を受けている。
 そして、「権威と権限の分離」って考え方がわからないと、ピンとこない。
 偉いのである、エッヘン。ってのが権威であって、もっとこうしようと何かを変更したり行動を取らせる力が発揮できるのが権限。戦国時代の秀吉は、公家を大事にした。例えば、征夷大将軍なんて官位を得るには、公家に認めてもらわないといけないから。自分が公家になってしまえと言う人もいたのだが、なれなかった。なんで殿様と公家の二つに分かれているのかというのが、権威と権限の分離。ここも日本の面白いところ。
 分かれていないと、諸外国のようにしっちゃかめっちゃかになってしまうのは目に見えている。
 現在、スパイなどが入り放題でお金を巡っていろんな者が外国にまで支配されてしまっている日本が、なんとか保っているのは、この仕組みのおかげかなぁ?と、思います。

というわけで、車好きの敵は警察だけど、そこに天皇の存在が挟まっているのです。違反をした者は、袋だたきにでもしとけって警察が思ったとして、実際にやってしまって「天皇のお宝を傷物にした」となれば、天皇から怒られるわけです。ましてや、ただの一人だろうと失ってしまえば、お宝を一人減らしたと言うことで罪になってしまうわけです。
 麻薬をやった者はその場で射殺!! って大統領がいて話題になったことがありますが、そんなのは論外です。
 ちなみに聖徳太子の17条憲法では、罪を犯した者は捕まえて罰するやり方はせずに、「犯す前に防げ」という事になっています。つまり、子供の頃からチャンとした教育をして薬に手を出させないようにするなど、先回って原因を作らないようにするという考えが、憲法として示されているわけです。この辺も今隠されていて、知る人が少ないのでは?
 で、この事前に防げって考え方は、明治維新で警察が出来たときに「懲罰主義」という、犯した罪だけが罰せられるって考え方を西洋から取り入れてしまい、見直されていません。日本はその維新前(明治の御刷新といわれた)には、未然に防げという考え方をしていて、与力だの奉行だのは、庶民の日常生活に割って入って犯罪者を出さないという方針で動いていた。警察が出来たときに、民事不介入などの原則が出来てしまって、それまでの奉行は成り立たなくなった。その代わり、罪を犯したときだけ関わるって事になった。
 だから、ストーカーに命を狙われています、助けて! といっても、「何か被害を受けたんですか?」「まだです」「ならしょうがない」といって、何もしてくれない警察という現象が起こり、刺されて死んでしまってから「保護願いを出していたのに・・・なぜ?」ってことになってしまったのです。
 何か話が違う方向に行ってしまった。公務員の話だった。

やなせたかしさんの番組では、テーマ曲、アンパンマンマーチの原稿が出てきた。
 あれこれ赤鉛筆で修正が加えられている。
 「たとえ傷つき よろめくときも」
 「愛と勇気だけが ともだちさ」
に、
 「悲しみを 消すために」
 「みんなの夢 まもるため」
と、ポジティブなイメージの言葉に置き換わっているし、気持ちが前進するかののような構想にまとめられている。

東北大震災で被災地へ配られたポスターには、アンパンマンの主題歌から
 「ああ アンパンマン やさしいい君は みんなの夢 まもるため」
 の部分の歌詞が、全紙ポスターサイズ上方左隅から下方右隅に向かって印刷されています。
 赤い太陽と赤い背景を受けて空を飛ぶ姿のアンパンマンが対角線構図で配置されて。
 「僕らは皆生きている」では、手のひらを 太陽に かざしてみれば 真っ赤に流れる 僕の血潮 という歌詞がありますが、これもやなせたかしさん作詞の曲。真冬に原稿を書いていて、だんだん指がかじかんで動かせなくなると、懐中電灯の前に手を置いて暖め(昔の懐中電灯は白熱豆電球だから、照らすと暖かかった)、また原稿に向かっていたそうです。そのとき、豆球に照らされる手のひらは真っ赤に見える。
 この二つの意味が一枚に収まったようなポスター。

番組は、被災地からアンパンマンの主題歌のリクエストがどんどん舞い込むようになっていき、ポスターが欲しいという問い合わせが殺到した事が紹介されます。
 そして、意外なところからも注文が。
 被災地で救助活動に携わっていた自衛隊です。
 駐屯地の食堂に張り出されました。
 陸上自衛隊 三等陸佐の方がインタビューを受けていました。
 被災者の捜索が思うように進んでいなかった。中々見つからない人もいる。自分たちの活動が役に立っているのだろうかという焦り。焦燥感。そんななか、何回か開けてみていたのが、自分の携帯で撮影したポスターの画像。
いけ みんなの夢 まもるため
この台詞を見て
「おまえが頑張らなかったら、誰が頑張るんだと言われているような メッセージを感じました」
 ここを見ているとき、私は鳥肌が立つような感じを受けました。


 自慢の弟を22歳の戦士で失ったやなせさん、「夢ってなんだろう、なんのために生まれ、なんのために死ぬのか?」自問自答しながら書いた詩だと言います。日本軍に行った弟の事を考えていたなんて、だれも、知りもしないけど、今の自衛隊員にも情熱は伝わり、背中を押している。
 みんなの夢、情熱。
 そして公務員。
 公務員の使命とは?
応報義務という言葉がありますけど、聖徳太子の17条憲法に出てくる考えです。元自衛官の人に聞いたことがあります。あなたが応報義務を習ったときのことを聞かせて、と。すると、
「習う?」
と、逆に問い返されました。意外なことに。
「あんなもの、『習う』ことですか?(常識ちゃうの?)」

私が知ったのは、だいぶ大人になった後で、つい最近と言ってもいいです。
佐々氏が書いた、本の中に出てきました。警察庁の人だったかな? 今まで出会ってきた政治家の印象を書いている本。
 確か、細川護煕氏の所ではなかったかな? 政治家というと、左巻きの変な人も沢山相手にする。細川氏は相手を見て、自分は公休とって休んでしまって、相手をしない、みたいなことをいわれたそうです。
 ”総理、それは出来ません。公務員は応報義務といって、誰であっても依頼を受けたら断ることは出来ません”
 と、説教のようなことをしたそうです。
 以前に読んだ本に書いてあったことだから、うろ覚えですが。
 つまり、公務員は、タクシーの乗車拒否みたいなことは出来ないというわけです。
 17条憲法ですから1400年くらい前の話。そこにそういうことが書いてある。
 1400年前の話であって、それはもう日本人の常識のようなことになってしまっている。
 公務員の移動命令など、今でも「拝命いたします」と返事をして、「基本断れない」ってのもおなじですね。そのことを知ってる人は多いけど、ぢゃ、なんで断れないの? って問い返しても「普通、そうなっている!!」ってワケで、理由まで説明する人は少ないのではないか? 日本国が、「昔のことは教えない、学ばせない」縛りが、いかにきついのか? という気がします。たぶん敗戦の時の占領政策だと思われます。
 話が戻り、腹が痛いから見てくれって、乞食みたいな風采のやつが医師の所へ来たとします。医師は、「チャンと金払えるの? 明日来て」とは言えないのです。国民が乞う事を断ってはいけないので。1400年続く日本の「常識」だけど、大事なことなので、医療関係では「医師法の中に入れておいた」んです。

https://www.phchd.com/jp/medicom/column02/01/column64

チャンと覚えていなかったことがばれて、今見返してみると応召義務って書いてありました。今度は覚えておこう。
 しかし、日本は知れば知るほど深くてすごい国ですね。いろんな事が飛び出してくる。

被災地で救助活動をする自衛隊員も、これだけ探したから、もういいか、とは言えないわけです。チャンと定めがあり1400年続いているし、もうそれは常識。一般国民もキチンとそれを認識し、最大の敬意を払わなければ。
 そこを破壊してくるのが明治維新で入ってきた西洋の個人主義だし、マルクス主義だし、明治天皇も危機を感じ教育勅語を制定した。ー一回目の国家破壊。
 そして終戦で占領軍が入り、教育勅語を軍国主義だと強弁して禁止にした。ー二回目の国家破壊。
 日本は二度にわたっての大きな危機にさらされています。
 先祖が作り上げた国家を、子孫に受け渡すってのが日本国民の務め。日本が持っている平和な様子というのは、こんなに暮らしやすい国はほかにない。子孫がこの国に暮らし続ける事が出来るってのが、一つの夢ではないか? つまり、今の私たちは、墓の下の人たちー先祖が作った夢の中に生きている。
 その「夢をまもるため」に生まれて、生きている。ずっと連続してることをイメージしないと、理解できないですね。この話。

ということで、この項、一端終わることにしようかな。


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