野球伝来150年だって


高校野球みてたら、参加校がヘルメットの右耳の上の位置に、みな同じステッカーを貼っている。野球伝来150年らしい。
 野球伝来というと、鹿児島出身の中馬氏が思い出される。

https://japanesebaseball150th.jp/sights/detail134.html

これは説明が簡単すぎるので、鹿児島商工会の作ったページ。

http://www.kagoshima-cci.or.jp/?p=2341717

日本が開国してアメリカのスポーツを取り入れた際にbaseballを「野球」と翻訳し、紹介したという話。鹿児島大学で教えていた人らしい。

私は以前、高校の部活の追っかけみたいな事をしていた時期があり、その時、かめらが趣味だったので写真を撮ってきては自分のブログに貼っていた。写真ブログもやっていたのだった。その時球場に設置されている胸像を発見、胸像をとるのと人物をとるのとではどんな違いが有るのかなって思って、とる練習の相手として、この胸像をとったのを覚えている。

写真をちゃんと、学校で習う場合は、らいてぃんぐといって光の当て方の重要さを習うらしい。絵で人物を描く時も同じらしいけど。
 光の当て方に平行して、どういうアングル(角度)から人物を見るのか? 例えば、『その人らしい特徴が現れる角度』なんてのを探りながら写真に収めるとか、そう言う感覚を磨くのも大事なんじゃないかと思われる。

リンクを張ったページは、偶然なのか同じ方向から撮った写真が載っている。これは、単に、そっから撮るのが簡単なだけだったのだろうと思われるけど。

野球は、現在、日本人選手がアメリカで活躍している。ここに来るまで、いろんな紆余曲折が有った野球。
 KANO 1931海の向こうの甲子園
 って、映画がある
https://www.youtube.com/watch?v=guw5-QXmZm0

150年前、日本は開国し、いろんな出来事が有った。親がちょんまげを結って着物を着て生活する文化で育ち、その子供は洋服を着て靴を履いているのだ。世の中が激変。大変な事がいろいろあった。その歴史の途中、日本は台湾を植民地にした。植民地に刷るというと、される側は奴隷になるかのようなイメージがあるが、それは「白人の文化での話」で有り、日本の植民地は日本よりもっとまともな社会を目指していたと言ってもいいかもしれない。こんな話がされないのが、戦争に負けた国日本の悲しい所。

台湾は、首狩り族みたいな先住民が住んでいたところ。その台湾が日本になって、日本以上の変化を果たした。親が首狩り族で、子供は学校を大学まで出て医者になったり弁護士になったりするのだ。激変もいいところ。
 そう言う変化を見せた台湾。
 日本の行政やら警察やらと、原住民の反発がぶつかって、小学校の運動会の最中日本人数十人が首を駆られるという事件が起こってしまう。そう言う大事件があった次の年には、台湾の学校が日本本土の甲子園大会に出場を果たし、なんと準優勝してしまう。台湾は、社会の激変を経験している。それをやらせた日本自身75年前に開国して江戸時代から明治時代への転換を果たしている。

日本は、開国してから75年、大きな戦争を4回やって、外国、白人国の植民地にはなんとかならずに、最後の大東亜戦争が終わってことし78年目。なんとか平和に過ごしてきている。ただ、この567騒ぎは「第三次世界コロナ大戦」という人も居るくらい、ちょっとやばいご時世ではある。

1931年、台湾の嘉儀農高カギノウコウが準優勝した話一つでさえ、今の日本人は知らされていないと思う。高校野球は少し前、大会第100回の節目を迎えたのだが、「記念として、台湾の高校生を招待しては?」って話もあったのだが、全く無視されてしまった。だいたい、「台湾が高校野球大会に参加できるんですか?!」って人が沢山出るように、まるで歴史が教えられていないのが現状だと思う。
 先ほどの映画も、全く宣伝されずに、公開はすぐに終了してしまった。
 これは、C国のスパイがたくさん入っている日本、宣伝を許さない圧力がかかったからだそうだ。
 このスパイ工作、最近良くバラされるようになってきた。

 台湾の高校生を、甲子園に招待したら、大変に盛り上がっただろうけどなぁ。
C国にとって、日本と台湾が仲良くするなんて、とても許せない事らしい。
 両国の歴史を見ると、仲良くするのは当然なのだし、話も合うだろうし、交流が盛んになる事は、火を見るより明らかな事なのだ。


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