まずはこの動画を
なるほどぉ。
科研費がこういう勢力に金を供給するから、日本がダメになるのか。
1990年代に、大学研究が変わってしまった話は、よく耳にする。
私自身高卒で、しかも赤点ギリギリ邪魔だから卒業させられた手合いだから、大学のような学際的な場所のフインキは知らないw。
しかし、先ほど述べたようなことは耳にする。沢山の人がそう言うからだ。
1990年代と言えば、「選択と集中」などと言うことが言われ、まるで「就職のための予備校になれ!」とばかりに、「結果に直結しないようなことはやめれ」と、大学に指令が出たとか言う時期。この辺の話は沢山聞くし、門外漢だからしない。
それまでの大学とかの世界では、「結果ありきの行動は良くない」というような世界だった気がする。
それが、結果に結びつかないようなことはやめ、実業に利益があるようなモノだけを行うって事に変わった。それはお金を出すお財布の政府が言い出したことだから、皆反対出来なかったのであろうか。
世界的に、活動家のようなソロスのような人が、いろんな所に大学を設置している。日本だって、占領期に東大の図書館は、今話題のDSみたいなところから「寄付」されているらしい。言う人が言うには、そういう最高学府の付属機関くらい、国が自分でお金を出して、口出しもされないような正々堂々とした面保てばよいのにと、そういうことになる。
で、結局、コミュニスト、活動家が内部的に入り込んでしまい、スライム研究者みたいなことになったのだろう。
研究者というのは、大学の教室出だから、教授や弟子の関係で、拡大再生産をする。1990年代から30年、その拡大再生産された弟子たちが社会のあちこちで実権を握り、動かす年になったのだから、こんなにひどいことになったのだろう。
今、公金チューチューシステムが、暇空茜氏によって、公にさらされている。
そして、そのチューチュー勢力を叩くのに、いままで連中がしてきた、学祭世界からの汚染で、裁判所まで手中にしながら好き勝手にするというやり方を、こちら側からチューチュー側にやり返すのが最も効果的だ、なんて言われている。
ここのところは、今後とても楽しみ。
私自身も、地方へのてこ入れとか言って、地元大学の教授あたりも担ぎ出されて、田舎の放送局も加担してやってた運動に、ちょっと意見をしてみたことがある。その反応が「仲間内だけで『ノイズが入ったハハハ』って反応が返ってきて、というかそう言うはんのうをしただけでなんもかえってこなかった」経験を書いたことがあるけど、あれもスライム研究者の一端だったのかもしれない。
大体、どういう生産活動になっているのか、好き勝手に「アート」をすることが、なんで地域の活性化につながるのか。それやってる最中の生活費はどうやって稼いで、どうやって維持しているのか、全く不思議だったのだ。
私が意見を出すことが、想定外のノイズだったというのは、有り余ったお金を消費するためデーーーース。とはいえないけど、出も邪魔ですとは言いたかった気持ちの表れだったんですかね。